名古屋高等裁判所 昭和28年(う)833号 判決 1953年11月12日
控訴人 被告人 伊藤茂之
弁護人 高木紀実
主文
原判決を破棄する
本件公訴を棄却する
理由
本件控訴の理由は弁護人提出の控訴趣意書の記載と同じであるから之を引用する。
起訴状によれば本件公訴事実は「被告人は自動車の運転者であるが昭和二十七年九月二十五日午後七時十分頃名古屋市中川区福川町五丁目先十字路において安全な操縦に必要な操作を怠り他の交通に対し不当に迷惑を及ぼす様な方法で愛一-二四三六号普通貨物自動車を運転走行したものである」とあり、之が適用すべき罰条として道路交通取締法第七条第一項第二項第五号第二十八条(本件第一回公判廷に於ける訂正による)を掲記している。前記取締法第七条第二項は無謀な操縦の例として同第四号に「たずなハンドル其他の装置による安全な操縦に必要な操作を怠つて車馬又は軌道車を操縦すること」と定め同第五号に於て「法令に定められた最高速度の制限を超え又は他の交通に対し不当に迷惑を及ぼす様な方法で諸車又は軌道車を操縦すること」と定めている。刑事訴訟法第二百五十六条第三項は「公訴事実は訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するにはできる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない。」と規定し、訴因は犯罪構成要件を抽象的に記載するだけでは足らず、犯罪構成要件に該当する事実を日時、場所及び方法を以て具体的に記載して特定することを要求している。之を本件公訴事実について見るに、犯罪の日時、場所は具体的に明示されているが、その余の点は前示の如く「安全な操縦に必要な操作を怠り他の交通に対して不当に迷惑を及ぼす様な方法で運転した」旨記載しただけで、如何なる点で安全な操縦に必要な操作を怠つたものか如何なる方法で他の交通に対し不当に迷惑を及ぼす運転をしたかについては何等具体的に説明していないから罪となるべき事実を特定して訴因を明示しているものとはいえないこと明白である。従つて本件起訴状の公訴事実の記載は刑事訴訟法第二百五十六条の規定に違反しこの重大な瑕疵はその後の補充訂正によつて治癒され得ないもので刑事訴訟法第三百三十八条第四号に該当する。よつて弁護人の控訴趣意に対する判断を省略し同法第四百条但書第三百七十八条第三百九十七条に則り原判決を破棄し本件公訴を棄却すべきものとして各主文の如く判決する。
(裁判長判事 高城運七 判事 柳沢節夫 判事 赤間鎮雄)
(弁護人の控訴趣意は省略する。)